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2011年6月19日日曜日

ライフハックブログを100日分到達!

100/365: oneHundredPennies

お待たせしました!?このたびこのBlogにて、「おちくんのライフハックBlog」が100日分になりました!もともとこのBlogは当面100日分のネタを書いてみるというのを掲げて連載を始めたわけですが、約2年半かかって100日分に到達したわけです。これも、皆様の定期的な閲覧があってこそのものです。
この2年半という数字が、長いのか短いのか、、、BLOG発足時は3年で、、と書きましたが、個人的には2年で終わらせたかったというのが正直なところ。計画通りいかなかったというのは、ネタの問題より書く時間ですね。このブログは
  • 自分のライフハックに関する考え方を整理
  • ライフハッカーとしてのブランディング
のための手段であるわけですが、やはり本業の仕事を優先的に考えてなかなか時間がとれなかったというのがあります。ここで何回か紹介したように、ブログのドラフトは通勤時間を利用してiPadやiPhoneを使って書いているわけですが、それでも通勤時間に「やりたいこと」、「やらなければいけないこと」は他にもいろいろ出てくるわけで、結果的にブログ執筆が後手後手になってしまいました。

100日分書いてみて何か変わった?
さて、実際どうなのかというところですが、何も変わってないですね。というか、今、考えてみてふと思ったのが、
  • やっとスタートラインに立てたかな?
ということ。何のスタートライン?さあ、自分でもよくわかりません。ただ言えることは、これで終わりじゃないということ。100日分書いてやっと準備ができたかなというところです。何の準備かはわかりませんが、、、

BLOGを書いていく上で得たもの、わかったこと
さて、何があるでしょうか?このBLOGでも書きましたが、当初の目的の通り
・自己ブランディング
の効果はでてきたかなという気がします(関連記事へのリンク)。とは言っても、たいしたアクセスはありませんし、何か有名になったとかいうのではありませんが。ただ、ライフハックを語る時、自分自身を説明する手段として、このBLOGの存在が役になってきたかなということです。
この自己ブランディングの話は、本職の仕事にもちょっと影響を与えつつあります。というのも、このBLOGを書き続けてわかったのは、BLOGという媒体のメッセージ性の高さです。以前記事にもしましたが、ここ以外にも複数BLOGを立ち上げました。いろいろBLOGを書いていく中で、本業のほうでも自己ブランディングを高めていくことの必要性を実感しましたし、BLOGが同様の効果を与えてくれる可能性を感じました。特にTwitter等のようなコミュニケーションの機会が増えていくこの時代、ブランディングのメディアとしてBLOGの価値はさらに上がっていく気がします。

今後やってみたいこと
ちょっと個人的にやってみたいのは、自分の記事の整理と自己分析ですね。このBLOGは、特に何も方針や戦略を考えず気ままに書いてきました。いままでの100記事の中で矛盾することや重複することなどがあると思います。自分のBLOGを振り返ってライフハックに関する自分の考えを今一度整理・分析してみたいかなと。。。そうすれば、BLOGやライフハッカーとしての質を上げるきっかけになるかなという気がしてます。もちろん、これからの記事も今まで通りに気ままに書いていく予定ですが。

とまあ、なんかまとまりのない文章になってしまいましたが、とりあえず100日目の投稿を終わらせておきます。今後も今まで通り書いていきますので、お付き合い下さい。

2010年1月23日土曜日

Twitterの微分・積分論とブランディング

math
2010/1/21に開催された「創造都市とソーシャルメディア @HironaoAshida と大阪で「ほんまもの」のTwitterを語る」講演会に出席してきました。講師は芦田先生(@HironaoAshida)です。詳細は、芦田先生のブログをご覧ください。個人的にいろいろ学ぶものがあったわけですが、このライフハックBLOG的なネタとして、僕自身が思ったことをちょっと取り上げてみたいと思います。なお、芦田先生の話については、以下も参考になると思います。

ツィートは人の微分である
芦田先生をフォローしている人は、「微分だ、、積分だ、、、」というツィートが何度も流れるのを目にしたと思います。正直個人的にはこの言葉にはピンときてなくてスルーしてましたが、ただ今回の話を聞いて、「なるほど!」っとまさに目から鱗の考え方でした。
ツイッターのツィートというのは、その時々に感じたり、思ったこと、していること等が書かれています。これは生活の断片をつぶやいているわけで、それはつまり微分された情報であると いうことができます。この話は厳密にいうとツイッターに限った事ではありません。人間というアナログな情報をコンピュータというデバイスに入力するために はそのままの形で入ることはありえなく、情報の一部分だけを入れたり、まとめたり要約されているわけですし。コンピュータとはそもそもそういうものだと思 います。このBLOGだって、僕の考え方の断片です。ただ、ツイッターというのは、その粒度が小さいと考えることができます。

ツィートを積分することで人(人格)が見えてくる
上記のように考えると、逆に微分化された情報を集めることによってその人(人格)をとらえるこ とができます。たとえば、僕が思っていることをたえずツィートして、そのツィートを集めることで「おちくん」という人間を知ることができます。これは積分 しているということができます。そういえば、僕がツイッターを始めたのは、「Lifehacking.jpのmehoriさんが、普段どんなことを考えた り、どんな仕事をしているのだろう?」というのが動機でした。BLOGは多くても1日1回更新というように、サンプリングするサイクルが少ないわけです。 その点ツイッターには、その時々のその人の考えや行動が記録されるわけですから、サンプリングする情報も増えてくるわけです(もちろん、その人がつぶやい てくれるという前提はありますが)。そういう意味で、「その人のことを知りたい」という動機でツイッターを始めるというのはすごく自然なことだといえま す。
ただし、「たえずツィートする」ことは不可能ですので、ツイッターだけでその人を知ることはもまた不可能です。もちろん、あ る一面を知ることはできると思いますがそれがすべてではありません。この点を誤解してはいけません。そういえば、「評判が悪いと聞いていたけど、話してみ ると実はいい人だった」「ネットではとても攻撃的な人だったけど、会ってみるととてもいい人だった」というケースがあると思いますが、これも微分積分的に 考えると全て納得がいきます。「評判」とか「ネット上での発言」というのは、あくまでも断片的な微分情報にすぎないからです。それだけを見て積分(人格決 定)するのは無理があります。ちなみに、芦田先生はツイッター上で激しく議論されていることが多いので、どんな怖い人なんだろう?と思っていたのですが、実際会ってみると、「あしだせんせいはとてもすてきなかっこいいかたでした 」_φ(・_・ カキカキ...... いや、、いい人でしたよ。(←すみません、参加者にしかわからないネタです)

ブランディングツールとしてのTwitterの光と影
芦田先生は「どんどん微分していくと、個 々(人格)の差はほどんどなくなる」とおっしゃってました。これはどういうことか。ツイッターでいえば、有名人も一般人も微分化された行動を見れば、「ご はんを食べる」「トイレに行く」「寝る」、、、のように、同じようなつぶやきになってしまうということ。この点については、以前、KNNの神田さん (@knnkanda)が、昨年11月25日に開催された「Twitter革命」出版記念特別セミナーにて 
“有名人(芸能人)は、 Twitterを利用することで一般人化してしまい、逆につまらなく感じさせる可能性がある”という旨をおっしゃっていたことを思い出しました。(すみま せん、このセミナーの報告もこのBLOGでしようと思いつつ、時間がとれなくて、、、)それは確かにそうですよね。ツイッターってのはある程度時間的に余 裕があるときでないとできません。仕事に没頭している時にするのは当然不可能。結果的にプライベートな時間のツィートが多くなり、一般人とはさほど変わら なくなるはずです。これはツイッターの面白さでもあるわけですが、人によっては「○○さんをツイッターしたけど、たいしたことつぶやいてくれなくてつまら なかった」などと思われる可能性はあります。
先日、糸井重里さんが「アーティストは日々思ったコト溜めとかないともったいない(だからツイッターはしない?)」 とか言っていたというツィートが流れてましたが、それはある意味正解でしょう。有名人の作品(歌、本、芸...etc)ってのは日々のネタを洗練化(積分化)したも のであるので、ツイッターで流してしまうと、作品が売れなくなってしまうかもしれませんしね(もちろん、ツイッターを上手く利用する方法もあるでしょ う)。
一方、一般人にとっては、ツイッターのツィートがその人のブランド化を後押しする可能性があります。いわゆる有名人じゃない人だって、面 白いツィートを出す人はいるはずです。というか、有名人も一般人も持っている知識自体はそう変わらないですし。ですから、一般人の人が面白いツィートをす ると当然注目があつまる。そういったツィートをどんどんすることで、フォロワーが集まり、知る人ぞ知る「○○の人」みたいにブランドができあがっていくわ けです。実際、mehoriさんもLifehacking.jpというブログで読者を集め、書籍出版へ、、、といったサクセスストーリーを駆け上がってい ますし。

このように、ツイッターはその微分作用によって、有名人を一般人化し、また一般人を有名人化する傾向があるようです。

ちょっと 話題がそれますが、いわゆる有名人な人と一般人な人の違いはなんでしょうかね?例えば、勝間さんは、ツイッターを本格的に始めてまだ1年も経っていませ ん。当初は、勝間さんはツイッターの使い方を教えられている状況をよく目にしていました。でも、今はツイッター本を出版し、ツイッターの啓蒙活動をしてい る立場になっています。勝間さんよりツイッターのことをよく知っている人はたくさんいたのに、、、、ツイッターでは掴みきれない積分の仕方が存在 するのでしょう。

以上、いろいろ書きましたが、今回の講演会は「微分、積分論」がとても印象に残りました。おかげでツイッターの新しい楽しみ方 も、自分なりに見えたきた気がします。なお、上記の話は僕のかん違いも混ざっているとは思いますので、正しい情報は芦田さんのサイトやツイッターで追ってください。

目標まであと52日

2009年8月2日日曜日

アウトプットすることの意義を再確認する

Pen & paper

仕事に追われてすっかりペースダウンしている本ブログですが、今日は、アカデミック系(大学・研究系)の話をネタにして、アウトプットすることの意義を再確認しようと思います。なお、研究分野によっては、研究の捉え方がちがいますので、その点はご注意ください。

ラ イフハック系の集まりとか書籍では、よくアウトプットが大切って言われてます。こういう話は、アカデミックな世界でも同じで、僕は学生時代から、「パブ リッシュしろ(論文をかけ)」と、耳にタコができるほどよく指導教員に言われてました。アカデミックの世界では、パブリッシュするというのは、「論文」と 「学会等の口頭発表(予稿)」の2つの手段がメインになります。論文というのは、研究業績として確実にカウントできる成果物です。成果はもちろんのこと、 きちんとした文章でないと採録されません。一方、口頭発表予稿は、一般には誰でも書けて発表できるので、通常は業績としてカウントされません。業績的に口 頭発表の予稿はあまり価値がないわけで、こういった背景から、口頭発表に時間を割く暇があったら論文を、、、という意識が自分の中にありますし、そう思っ ている人も少なくないと思います。でも本当に価値がないのでしょうか?

自己ブランド化につながる
「あなたは誰ですか?何してるん ですか?」学会等で初めての人に出会ったとき、こういう事を聞かれます(もちろん言い方は違いますけどね)。あと、「おち先生、最近はなになってるんです か?」とか、、、また、研究の話で自分と同じこと(似たようなこと)をやってる人にも出会ったりします。こういう時、「実は、私は~の研究をしてまし て、、、」って言えばいいんで すが、発表(パブリッシュ)してないとそれがいいずらい。どこかで発表してれば、たとえ口頭発表でも「~の研究してます。○○学会でも発表してますんで、 興味があれば、、、」みたいに言えるんですがね。やはり、パブリッシュしたものがないと、その言葉に説得力がないなーって思ってます。実際、第三者からす れば、「(未発表だけど)実は~をやっている」なんてフレーズは全く価値がない。例えば、ある研究分野に長けている人を紹介する際でも、パブリッシュした ものがその人を紹介する根拠になります。極端に言えば、「発表=パブリッシュしてないというのは、やってないと同義だ」といってもいいでしょう。
特 に今の職場に移ってからは、これをかなり意識し始めました。というのも、今は以前の職場にいたときと全く違う研究テーマに取り組んでいるわけですが、対外 的になかなか以前の研究テーマのイメージを払しょくできませんでした。これはなんか気持ちのいいものではないですね(別に以前のテーマが嫌いというのでは なく)。なんというか、何か今の自分を正当に見てもらえてないというか、、、、まあそれは、僕がそのテーマについてパブリッシュできてなかったわけですから、当たり前のことなんですけどね。
別に論文じゃなくてもいい。なんでもいいから発表しておかないと、「研究者として、あなた何者?」と言われた時の、自分のイメージと周りの自分に対するイ メージにギャップが生まれる状況になってしまいます。そんなわけで、僕は極力どこかで発表しておくようにして、最近ようやく過去の自分を抜け出してきたか なというような気がしてます。

屑も積もれば宝となる
数年前まで同じ大学にいる某著名な先生と共同研究する機会がありました。その 先生は世界でオンリーワンかつナンバーワンの技術を持っている人なんですが、いろいろ学ぶ点が多かったです。その先生の言ってたことで印象に残っているの は、「屑論文でいいから書いとけ。チラシの裏紙に書いたメモ書き程度でもいい。まさにペーパーだよ(論文という意味でも普段使われる)。でもそれが積み重 なって、大きい成果が出てくるんだから、、、」という話。目から鱗でしたね(僕自身には)。ライフハック系の話で、「大きいタスクは小さいタスクにわけて 処理せよ」というのがありますが、それと似ているかもしれません。
ただ、この話は実は簡単なようで難しい要因があります。「大きな成果は屑が積み 重なって生み出される」、、、それはわかります。しかし、ただやみくもに屑を書いていけばいいのではありません。ゴール(大きな成果)につながる屑でなけ ればなりません。これを「研究」でやれというのは、凡人の僕にはちょっと難易度が高いですね。

書くことで見えてくる
最近はどこの 大学でも外部資金獲得が重要視されています。それは個人レベルのものもあれば、組織的にやらなければならないレベルのものもあります。後者について、私の いる組織でも、当然重要要件となっていますが、上部の人がとても印象的な話をされたことがあります。普通、外部資金獲得という目的があれば、「いかに獲得 するか、、」という点に目を奪われがちですが、その方は違いました。「予算獲得できるかどうか、それは正直難しいのが現状でしょう。しかし、その可能性は ともかく、まずは申請しましょう。申請書類を書いていくことで、我々がやっていること、取り組んでいることを見つめなおすことができ、長所・短所が見えて きます。そしてそれが将来へとつながるわけですから、、、」うるおぼえですが、こんな感じの意図をはなしてました。
僕自身は、ダメだとわかってい るものはなかなか書けないタイプです。書いても無駄、時間がもったないと思ってしまいます。でも、確かに何もしなければ現状認識はできませんから、次にす すめません。申請書のような書類書きは、個人的には非クリエイティブなものだと思っていたのですが、それを前向きに考えることができるこの人の発言は、ま さに目から鱗でした。

以上、アカデミック系の話をネタに、アウトプットすることの意義を再確認してみました。この話は、ブログの執筆でも 共通することだろうなと感じてます。時間がない、、とか、いいネタ書かなきゃ、、、と思いとどまりがちですので、個人的には、この自分のブログをこれから も何度か読みなおして、研究やプライベート(ブログ)で活発にアウトプットできるよう、自分にハッパをかけようかと思います。

目標まで、あと74日分

2009年6月17日水曜日

分散と集中が生み出すブログハック

このブログを書き始めて半年が経ちました。本音としては毎日書きたいところですが、時間もネタもなく、それらが両方満たされた時に投稿してます。まあ、当初の公約通りですね。もともと僕は、いわゆるブログ自体は1999年から仕事日誌として書き始めてますが、自分の独り言であったり、仕事録が目的でした。そんな僕がこのブログを 立ち上げた理由は、自身のライフハッカーとしてのブランド作りの一環なわけですが、ブログを増やしてみたことにより気づいた、分散と集中によるブログハックについて書いてみようと思います。


1つに集中させる
もともと書いていた(今も書いてますけど)日誌ブログは、とくにネタは限定せず、なんで もかんでも放り込んでました。まさに一極集中です。そもそも自分のためのメモでしたから、それでよかったですし。ただ、いちおう模範としている人はいて、書き始めた当時(1999年以前)から大学教員で日記を書いてる知人がいまして、NHKにも出てたくらい面白い日記を書いてました。僕自身、昔から日記を書くのは好きでしたから、その人の書き方も時に はマネしつつ、基本的には何でもありにしてました。このように、情報を集中させていくことのメリットの一つは、継続のしやすさです。何でも書いたらいいの で、ネタに困らない。時間さえあればいい。継続は力なりと言われているように、日記が続くことで、それなりに読者は増えてきます。学会とかにいって、日誌読んでますよーとかよく言われてました。

いっぽう、デメ リットですが、メッセージ性が低くなること。なんでもかんでも、ごった煮のコンテンツだと、その一つ一つのクオリティを高くしておかないと、魅力が半減します。サーチエンジンの傾向をみても、一つのエントリーに、たくさんのことを書いてしまうと、上位に引っかからないようです。先日、PCの設定をしているときに、過去にも悩んだことのある問題にぶつかりました。とりあず、自分の日誌ブログに解決策をメモした記憶があったので、ブログ内検索することですぐ見つけることができました。でも、Googleで同様のキーワードで 探したら上位には出てきませんでした。他のサイトと書いてあることはさほど内容は変わらないのに。。。上位に上がってきているサイトは、ごった煮のようなサイトであっても、一つのエントリに一つの内容というものでした。僕のはあるエントリーの中の一項目としてその話題を書いていたので、キーワードの優先度が下がっている のかもしれません。


複数のブログに分散させる
上記にも書きましたが、ライフハッカーとしてのメッセージ性を高めるために、このブログを立ち上げ、ブログの分散化に踏み切りました。(実は、このライフハッ クブログの他に、ふたつほど別途新設してます。)テーマを特化したことにより、1つのエントリーで扱うテーマは当然1つでよくなります。
するとAccessがどうなるか?Google Anslyticsで調べてみると、このサイトのアクセス増加数は、日誌ブログより倍増しました。といっても、ほんと雀の涙程度の比較対象なので数自体はしれてますが。。。また、名古屋ライフハックのみなさんに宣伝した経緯もあるので、善意でアクセスしてくれているだけかもしれません。

一方デメリットですが、継続が難しい。このブログ、半年も経ってる のに、まだエントリーが20くらいしかいってない。6月になってちょっとやる気になって増えてますが、こんなペースだと、目標の100エントリーまで、何年 かかることやら。継続が難しい理由は、テーマを絞り込むコトでネタがなかなかでてこなかったり、文章の洗練化に時間がかかるということ。まあ、毎日投稿す るだなんて、もともと考えてなかったですが、アクセス数がちょっと増えたりすると嬉しいし、ちょっと書かなくなったりして、アクセスが減ったりすると 焦りします。というのも、日誌ブログを1999年から続けていると書きましたが、2003年から数年くらい、仕事が忙しすぎて更新が手に付かなくなった時期がありました。その際、かなり読者が離れていったような気がしてます。また、分散により更新対象が増えたことから、日誌ブログのほうの更新もおろそかになってきている気がします。


僕なりに得たブログハック
で、そんな感じにブログの集中と分散をそれぞれ経験して、メリット、デメリットを実感したわけですが、今までの状況を踏まえて、僕なりに得たブログハックは、「ブログの分散化は、ブログの役割分担を生み、自己ブランドを明確にする」ということです。
ぼく自身のブログの最初の動機は、先ほども書いたように仕事録な訳ですけど、分散しておく方が仕事録の管理もしやすくなる気がしてます。僕は大学教員という仕事柄と個人的な性格から、日々の教育活動、研究活動において、いろんなタスクと向き合い、アイデアや想いが、日々、泡のように現れては消えていきます。それをいままでは日誌ブログで拾おうとしていた訳です。この戦略自体は間違ってないと思います。しかし、日々のタスク処理において、自分が何を考え、どんな工夫をしてきたか、、、 という振り返りやアウトプットを考えた時、集中の方法だとその考えがつかみにくくなっていたようです。
そこで、ブログの分散化が効果を発揮します。分散化によりターゲットを絞ったブログは、書く内容が必然的に限定されます。しかも、そのブログの作成ページの前では、何かがのりうつったように不思議と深く考えることになり、記事を書く過程で考えも整理されていく感じです。ブログの役割がはっきりしたことで、思考もクリアになっているのでしょう。このような分散化は結果的に、僕自身の、教員として、研究者として、 ライフハッカーとして、、、のブランド化につながっていくような気がしてます。

なお、日誌ブログは今後も内容を問わず、継続と蓄積を最優先に書いていきます。日誌ブログは、どちらかというと日々のさまざまな出来事や行動をまとめたキャプチャー的な役割なっていくような気がしてます。これは、日々のタスク処理を円滑にするための材料にもなっていきます(この話はまた後日とりあげます)。

なお、上記の結論はあくまでも僕個人の場合の話です。ブログを増やしたり、あるいは減らしたりする際の考え方として参考になればと思います。

目標まであと78日分

2009年6月5日金曜日

Friendfeedの使い方が見えてきた


昨日の「自己ブランド化について考える」エントリーに関連して、ほぼ同時並行で書いていたネタがあるので、連チャンで投稿です。

 現在、ソーシャルネットワークを支援するサイトやツールが続々と出ています。とりあえず僕としては、へんに手を広げないという方針で、この手のツールとしては、Twitter, Tumblr, mixi、はてな、ぐらいて止めてます。そんな僕が、もう一つ追加しようとしているのが、Friendfeedです。これ自体は少し前にアカウントは作ってましたが、なんかいまいち有用性がわからず放置してました。ただ最近、mehori師匠が、friendfeed, friendfeed、、、とTwitterでうるさいので(笑)、再評価してみる気になりました。で、僕なりに試行錯誤したすえ、「自己ブランド化」を視点に考えるとfriendfeedは一役かってくれるのではないかという結論に至りました。

実はこの手の話は、Lifehacking.jpでも取り上げられており、約1年前の記事
において、
“ネットで自分のブランドを作ってゆこうという人間なら、ユーザーに自分のことを追ってもらうのに、ブログ・Twitter・Flickr・Google Reader Share と自分の活動を分断して提供するのは得策ではありません。 FriendFeed なら、まとめて自分の活動を追っかけてもらえますし、コメントでやりとりもできます。”
と言及してます。当時はピンとこなかったのですが、ボクも成長したのでしょうか?だんだんその意味がわかってきました。というわけで、ボクなりに見い出したfriendfeedの意義とその使い方についてお話ししようと思います。

ホームページからfriendfeedへ
 いわゆる、Web2.0時代になって変わったこと。それは、ホームページというものの存在が薄くなっているということです。昔はホームページを作るというのがウェブでデビューすることの同義だった訳ですが、今は、blogがその役割になってきてます。正直、僕みたいに、Mosaicが登場した頃からウェブに手を出してきたものとしては、これは違和感を感じまくりです。ブログってのは自分のコンテンツの1つにすぎないわけで、それをホームページみたいな感覚で扱うのはいかがなものか?と思わざるを得ないのは、僕がオールドタイプだからでしょうか。ただ、現実は無視できません。今、インターネットの住人達は、ホームページという檻から飛び出して、様々なソーシャルサイトやブログを介して、情報発信しているのです。
 そんな混沌とした時代において、ホームページの代替手段としてふさわしい場がFriendfeedです。ここでは、様々なサイトの更新情報やtwitterなどのつぶやきもまとめてタイムラインに流すことができます。つまり、ここを見れば個人の事がすべてわかる!これってまさにホームページではないですかね?!これからは、じぶんのプライベート名刺に、いろんなサイトを載せる必要はありません。friendfeed。これだけでいいのです。

情報発信のスタイルが変わってきている
 もちろん、現在でも従来型のホームページ的なサイトを用意することは可能です。ただ、friendfeedのようなサイトが世の中で受け入れられているということは、情報発信の仕方そのものが変わりつつあることを意味します。ブログを更新した。写真をアップした。つぶやいた、、、など、friendfeedではその行動そのものが時系列に反映されます。つまり、Web2.0以降の情報発信においては、発信する情報の粒度も小さくなり、「何をしているのか?」という小さなアクションやリアルタイム性が求められるようになってきているのでしょう。twitterもこの辺りがウケているのであり、Google Waveのアイデアもその流れから来ているのだと思われます。

コンテンツ中心からから人中心へ
 もう1点、情報収集の視点からとらえると、その関心がコンテンツから人へと変わりつつあることが見えてきます。従来の情報収集は、興味のあるコンテンツを探しに行くことでした。それが人へ変わるというのはどう言うことか?それは、「関心のある人が発信する情報は、きっと面白いはずだ」という仮説を前提に、人が情報収集の起点としてになっているわけです。mixiでも、関心がある人がウォッチしているコミュニティや人から、面白いコミュニティや人と出会うことがあると思います。そんな時代の流れにもfriendfeedは合致しています(というか、friendfeedもSNSの位置づけですし)。

自己ブランドアピールのホームページとして
 friendfeedはSNSとしてもいろいろな機能があるわけですが、まずは自己ブランド形成のためのホームページとして扱うのが、いちばん敷居が低いと思います。ちなみにボクは、friendfeedの上で積極的に人とつながろうとは思ってません。ここはあくまでもホームページ的に、他人に見に来てもらう場とし て捉えるつもりです。もし、関心を持っていただけるのであれば、そこから各種媒体(twitterなど)を介して、交流をはかるのが自然だと思ってます。こういう緩い使い方が、結果としてfriendfeedのユーザを広げていくのではないかなぁという気がします。そんなわけでボクは先日、friendfeedに自分 のコンテンツをいろいろ登録してみました。
プライベートの名刺にfriendfeedのURLを書いて、「ここをみれば僕の全てがわかりますよ!」とアピールしたいと思ってます。
 なお、同じような事は、twitterでもできそうですが、Twitterのタイムラインに流すためには、そのサイトが対応してないといけません。しかし、Friendfeedは標準対応のサイトの他に、RSSも流し込むことができます。ほとんどのサービスはRSSがありますから、たいていのサイトは対応できるはずです。それと、twitterはあくまでもつぶやきツールですので、個人的には、その域を超えないようシンプルにしておきたいと思ってます。

以上、僕なりにfriendfeedの活用法を見つけたので、思いつくまま書いてみました。friendfeedって、なんかよくわからないなァ、と思ってる人の参考になれば幸いです。

目標まで後84日分

2009年6月4日木曜日

自己ブランド化について考える

Name cards

Lifehacking.jpのmehori師匠がブランド力について書いてたので便乗します。

 僕が自己ブランド化というのを意識し出したのは最近です。それは、関西ライフハック研究会に参加した時です。こういうライフハック系の集まりに参加すること自体はじめてでしたが、衝撃的な事がありました。

みんなプライベートな名刺を持っている
 名刺と言っても、会社のとかそういうのではなく、ライフハッカーしての名刺を持ってるんですよね。なぜ皆さんがそういう名刺を作っているのか?プライベートの集まりだから、会社の名刺はふつう出さないものなのか?匿名性の文化なのか?、、、等いろいろ考えてみましたが、少なくとも、ぼく自身、プライベートの名刺を作ろうという発想がなかった事に気づきました。

自分ー組織=?
 はたして、自分から組織の肩書きを引いたら何が残るのだろうか?そんなコトを考えてしまいました。大学教員であれば、「私は、~の研究者です」と言いきってもおかしくはないでしょう。でも、実際、大学からサラリーをもらっているわけですし、独立したものではない気がします。サラリーは教育職としてのものですし、大学の肩書きを外して、研究することができるのかは疑問です。
まあ、考え方はいろいろあるとは思いますが、とにかくぼくとしては、大学の肩書き以外に自己をアピールものがない(自己ブランド力がない)という事に気づき、そんな自分にショックを受けたわけです。
そういえば、mehoriさんは、書籍等では大学の肩書きは載せてません。Lifehacking.jpというサイトによって、本職以外の自己ブランド形成に見事成功しているといえるでしょう。

そんなわけで、僕はさっそくプライベートな名刺を作り、また、自己ブランド形成の一環としてこのサイトも作ることになったわけです。

自己ブランド化の目的
 さて、自己ブランドを形成する目的は何でしょうか?たぶん人によっていろいろあるでしょう。mehoriさんみたいに有名になりたい?まあ、有名になりたくないとはいいませんが、最初からそれを念頭に入れるのは、今の自分にはできないですね。mehoriさんのサイトを、わりと発足時に近い時期からストーカーしてきましたのですが、当初はさほど自己ブランド化は意識されてなかったと記憶してます。まあ、最初から有名になるんだ!の意気込んでみるのも手かもしれませんが、ボクのスタイルとはちょっと違いますね。
 僕の自己ブランド化に対するモチベーションは、ライフワークバランスな人生です。仕事以外の肩書きがないってのは、自分の人生は仕事だけっていってるような気がしませんか?仕事以外の肩書きが増えると、人生の幅も広がる気がします。まあ、大学の教員ってのは趣味は研究です、、、と言える人種なわけですし、教育も研究も楽しいわけですが、楽しみの選択肢は多い方がいい気がしますしね。

仕事との相乗効果
 いちおう僕は「ライフハッカーおちくん(笑)」としての自己ブランドを形成中なわけですが、この点については仕事との相乗効果も期待できます。とりあえず、「ライフハック=仕事術」みたいな図式に乗って話をしますが、自己ブランド化をアタマに入れなかったら、ハックな技というのは単なる個人の苦労話で終わってしまうでしょう。でも、ライフハッカーという自己ブランドの形成を考えると、タスクがいっぱいだ~とか、どうやって時間管理をしていこうか、、、、等の悩みが、いいネタになるのです。そして、仕事上の直面している諸問題に対して、前向きに捉えることができるようになります。

ブランド力を高める方法については、いくつかネタがありますのでまたお話しできればと思います。

目標まであと85日分